【千葉の小江戸】香取市の水郷・佐原を散策しました!(Part2)

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皆さん、こんばんは。

今日は比較的暖かい…というか、少しだけ汗ばむような陽気で、半袖でちょうど過ごしやすい1日でしたね。雨も降らず、蒸し暑くもなく、こういう日が続けば良いなぁと思う今日この頃。

さて、今日は昨日に続き、千葉県香取市の良いところをご紹介。

香取神宮

香取神宮

雰囲気ありますよねー!

香取神宮は、関東地方を中心として全国にある神社の総本社になり、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。とっても由緒ある神社になります。

やっぱり、〇〇神宮ってつくところって、鹿島神宮といい、伊勢神宮といい、どこも荘厳というか、何とも言えない神聖な雰囲気があって、ボクはとっても好きです。

ちなみに、香取神宮本殿までの道も、ものすごく趣があって、散歩していて良い感じでした。

本殿までの道

どうです?道の両脇に立っている灯篭も、その上から覆いかぶさるように生い茂る木も、より一層神聖な感じを醸し出してました。空気もひんやりとしてて、夏にここを歩いたら気持ちが良いんだろうなぁと思います。

あっ、ちなみに、行ったのは春だったので、残念ながら気持ち良いというよりも肌寒かったです。(^^;

本殿前の門

この門も大きいですよね〜。こういう門をくぐる度に、身が引き締まる思いがします。

ちなみに、皆さんは御祭神の神話をご存知ですか?


御祭神の神話

はるか昔、高天原(天上の神々の国)を治めていた天照大神(あまてらすおおみかみ / 伊勢神宮・内宮の御祭神)は、葦原中国(あしはらのなかつくに / 現在の日本)は自分の息子が納めるべきだとお考えになりました。
葦原中国は荒ぶる神々が争い乱れていたため、天照大神が八百万神に相談すると、天穂日命(あめのほひのみこと)がすぐれた神であるということで出雲国の大国主神(おおくにぬしのかみ)の元に遣わされましたが、天穂日命は大国主神に従い家来になってしまいました。次に天稚彦(あめのわかひこ)が遣わされましたが、天稚彦もまた忠誠の心なく、大国主神の娘である下照姫(したてるひめ)を妻として自ずから国を乗っ取ろうとし、天照大神の元に戻りませんでした。
このようなことが二度つづいたので、天照大神が八百万神にもう一度慎重に相談すると、神々が口を揃えて、経津主神こそふさわしいと言いました。 そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ / 鹿島神宮の御祭神)も名乗り出て、二神は共に出雲に派遣されることとなりました。
出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いた経津主、武甕槌が十握剣(とつかのつるぎ)を抜き逆さに突き立て武威を示すと、大国主神は天照大神の命令に従い葦原中国を譲りました。
二神は大国主神から平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、日本の国を平定して、天照大神の元へ復命されたのです。

(出典:香取神宮ホームページ


こういう神話の時代の話も、色々調べると面白いですね!

終わりに

しばらくは旅や観光について書いてきましたが、今日 Google Adsense の認証に通ってちょっとウキウキしてますので、次回は Google Adsense の認証が通るまでについて、ちょっと書いてみたいと思います。

ではまた。

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